研究室の壁に貼ってある日本地図には、名前の書かれたカラー付箋がおよそ40枚貼ってあります。山本教授が教員採用試験対策特別講座(特講)で面接・小論文を指導し、各地の採用試験に合格させた教え子たちの名前です。教育学部では教員採用試験の合格者が順調に増えています。その陰の立役者である山本教授にお話を伺いました。
――地図の付箋を見るといろいろと思い出しますか?
付箋の名前を見ると、一人ひとりの顔や性格などを思い出します。例えば、面接練習で最初は緊張で何も答えられなかったこの学生は、受験時には笑顔で堂々と話せるようになっていました。また、こっちの学生は身ぶりや表情の豊かな受け答えが見事で、名前を冠して「〇〇劇場」と名付けていました。きっと子どもたちをひきつける先生になっていると思います。私がよく学生たちに言うのは、面接はテニスのラリーみたいなものだということ。面接官の投げてくるボールをよく見極めてラケットの中心で気持ちよく打ち返す、つまり質問の主旨を見抜き、それに的確・端的に答えるのが目標です。練習を重ねるとラリーにスピードがつき、「面接が楽しくなってきました」という学生が増えてきます。
――合格者数が伸びだしたのは、本学が教員採用試験の合格率アップのために辻正人教授(元教職支援センター長、24年3月退職)と共に先生をお招きしてからです。採用試験を目指す学生を対象にした教職支援センター主催の特講に力を入れ、徐々に合格者が増えてきました。今では他にも特講を担当している教員がいます。
特講開始時に、辻先生が1次試験の筆記試験対策、私が1次の小論文と2次の面接を担当することになりました。現在は鈴木直政先生と小池嘉志先生が辻先生の後を引き継いで下さっています。参加する学生はみんな「教員になりたい」という強い思いを抱いています。その思いに何とか応えようと、教師陣と教職支援センターが一丸となってがんばっています。
――学生に聞くと「山本先生は圧が強い」と言っていました。採用試験の面接官より山本先生の方が「圧」が強いので、本番の面接は問題なくやれた、と笑っていた学生もいましたよ。
確かに、採用面接を受けた学生は「面接官は山本先生より優しかったです」と言いますね。ちょっと複雑な気持ちですが、厳しくするのも、受かってほしい、夢をかなえてほしい、という思いからです。面接では、基礎的な知識をもとに、自分自身の言葉で語る必要があります。私はこのことを、カレーライスにたとえて話すことがあります。知識がなければ答えられないのは、ジャガイモやニンジンなど材料がないとカレーができないのと同じなので、私の講座ではまず、知識を身に付ける勉強から始めます。でも、覚えただけでは答えられません。材料をよく煮込んで、つまり深く理解した上で、自分なりの考えや個性で味付けをしてはじめて、面接官を感動させる美味しいカレーライスになるのです。このレベルに到達するには、やはり厳しい練習が必要です。これは小論文でも同じです。
――特講は夜8時ごろまでやる時もあるそうですね。内容もなかなか厳しいと聞きます。今の学生は我慢ができないと言われていますが、みんな頑張れますか?
基礎的な知識を学ぶことから始め、面接では受験する自治体の傾向を踏まえた答え方を特訓します。それだけでなく、姿勢・発声・話し方・視線・表情の練習、小論文では自治体ごとの教育課題や正しい表記・文章構成――などなど必要な知識やスキルがたくさんあって、どれだけやっても時間が足りません。例えば個人面接は一人10分としても、10人やったら100分かかります。ですから、参加希望者には事前面談で覚悟を問います。就活全般がそうであるように、教員採用試験の勉強も、できない自分と向き合ったり、人と比べて落ち込んだりして辛い場面がたくさんあると思います。でも、参加を決意した学生は、「教員になりたい」という強い思いを支えにがんばり抜いてくれます。特講の回を重ねるごとに、知識を身に付け、教育観を磨き、さらに教育実習を経て見せてくれる成長ぶりには毎年目を見張るものがあります。採用試験に向けた成長を超え、人間的な成長さえも感じます。この成長を実感できることが、私のやりがいになっています。
――学生が受験する自治体ごとにテキストを作られているそうですね?
私も教員採用試験の面接官をやっていたのですが、面接官は質問例集を渡されてそこから質問します。その質問例は自治体の教育委員会が作成しているものなので、過去にどんな質問があったかを把握し、その対策をすることが効果的です。面接の質問も小論文のテーマ・形式も自治体ごとに傾向が違うので、限られた時間で対策を立てるためには、自治体別の過去問集(テキスト)が必要なのです。「あなたのクラスでいじめが起きたらどうしますか」「登校を渋る児童にどう対応しますか」など、指導経験がないと答えられない質問も多いので、私が経験してきた具体例を紹介しながら一緒に答えを考えていきます。
――付箋の地図を見ると北海道とか九州の合格者も多いですね。
愛知県や名古屋市はやや倍率が高めで、一発合格は確かに難しいかもしれませんね。第2・第3志望として受験した北海道や九州の合格者が増えたという側面はあります。しかし、正規教員として何年か勤務すると1次試験が免除される特例を活かして、また地元を受験し直して戻ってくる学生も少なくありません。正規教員としてバリバリやってきた実績が、愛知や名古屋でも認められるようです。
――話は変わりますが、先生はもともと国語科が専門ですね。教員時代には名古屋市の国語研究会の会長もされています。
専門は語彙指導で、語彙を増やすにはどうしたらいいかを研究していました。未知の言葉に出合ったら意味を推測してその推測が合っていれば理解語彙に昇格し、意味に確信が持てたら今度は表現する際に使ってみて、それがうまくできたらさらに使用語彙に昇格する、というプロセスを授業の中で再現する指導法です。未知の言葉に出合うには、聞くこと・読むことによるインプットが必要ですが、より高度な思考や表現には音声言語より文字言語の方が適しているので、一番いいのは活字を読むことだというありきたりな結論になってしまいます。でも、本学に限らず今の若い人は本を読まないですね。SNSや動画・ゲームに時間を費やして本を読む暇はないのでしょう。新聞も読んでほしいですね。以前、特講に入らず独学で1次試験に合格した学生がいたのですが、新聞を読んでいたので1次の一般教養は改めて勉強しなくてもよかったと言っていました。この学生も2次の面接指導は特講で対策し、見事合格しました。
――経歴の中で初任者研修指導教員という経歴がありますが
本学にお世話になる前、2年間勤めていました。初任1年目の先生の指導役で、私のような元校長も多いようです。授業を見てアドバイスしたり、子どもを指導する上での悩みに答えたりします。初めての授業参観の時に一緒にリハーサルしたり、保護者のクレーム対応を一緒にしたりもしました。若い先生が何に悩み、つまずくかを見てきたことが、いま学生を指導する際にも役立っていると感じています。私たちの年代では考えられないことですが、今の若い人たちは、電話が怖いと言います。確かに、連絡はLINE中心なので、電話でその場で考えて話すことが怖いという気持ちは理解できます。学生が教育実習先の学校に電話連絡する際にも、実習事前指導の一環として電話のかけ方から指導しています。
――そうまでして学生たちの夢をかなえさせてあげたい「教員」とは何ですか?
「ブラック職場」などと揶揄されている学校現場ですが、40年現場にいて、やりがいのある、一生を賭けるに足る仕事だと実感してきました。この実感を、学生たちに日々伝えているつもりです。子どもに「教える」のではなく、子どもから「引き出す」、そんな授業や指導をめざしつつ、やってもやっても極めることのない、奥の深い仕事です。だからこそ、魅力があります。ですから、教員になりたいという学生が目の前にいれば、全力で応援したい、夢を叶えてほしい、という思いになるのです。