人間学部の増田孝教授は、テレビ東京系(名古屋地区はテレビ愛知) の人気番組「開運!なんでも鑑定団」の鑑定士で、古文書の筆跡研究が専門。授業では、スマホ入力に慣れた学生たちに難解な毛筆文字の解読指導も。「どんな職業を選ぶにせよ、学生時代にこそ足元の日本文化を身につけて卒業してほしい」と学生たちにエールを送っています。
――大学を出てしばらくは千葉県内の県立高校の先生をされていますね。
千葉県は私の出身地。県立高校の教員として20年以上勤務しました。私が学んだ東京教育大学は現在の筑波大学の前身ですが、キャンパスは文京区にあり、芸術学科で書を専攻しました。大学院は修士課程しかなかったこともあり、大学院には進まず高校教員をしながら、書の研究を続けました。”ミスタージャイアンツ”と呼ばれたあの長嶋茂雄さんの母校である佐倉高校にも7年勤務しました。佐倉高校は江戸時代の藩校から続く県内有数の伝統校でしたが、長嶋伝説も有名でした。長嶋さんの同期だった数学教員の同僚からは、長嶋さんに弁当を食べられてしまった同級生の話など数々のエピソードや長嶋語録を教えてもらいました。長嶋さんは高校時代から天真爛漫で人気者だったようです。
――高校教員から大学教授に転身したきっかけを教えてください。
高校では全日制、定時制でそれぞれ10年余、国語(書道)を教えました。全日制から定時制に変わったのは書の研究に本格的に打ち込みたかったからです。そして、書の研究仲間だった方からの誘いで、愛知県小牧市に開校したばかりの愛知文教大学の教員に迎えてもらいました。1999 (平成11)年からです。私の研究は、安土桃山時代から江戸初期に書かれた書が専門でしたので、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康を始め、歴史の変動期の主人公たちのゆかりの地で、古文書を教えることができるのは魅力でした。その後、本阿弥光悦(ほんあみこうえつ)という江戸時代初期の芸術家についてまとめた論文で学位(文学博士)を得ました。
――「開運!なんでも鑑定団」への出演もこのころからですか。
そうです。担当プロデューサーの方に教えていただいたのですが、実は、この番組で最も視聴率が高いのは名古屋地区だそうです。私の期待した通り、愛知、岐阜、三重地区では県民の歴史への関心が高く、地元への誇りを持っていました。鑑定依頼で持ち込まれる”お宝”も多く、信長、秀吉の本物の朱印状を持ち込んだのも名古屋市港区の方でした。番組は火曜日夜8時54分から1時間で、私は古文書の鑑定が担当なので出演は月1、2回。2015年4月からは「愛知東邦大学教授」の肩書きで出演しています。
――鑑定する”お宝”は本物ばかりではありませんね。
残念ながらその通りです。例えば、今年になって鑑定した久坂玄瑞の書簡、吉田松陰の書はにせものでした。NHKの大河ドラマ「花燃ゆ」にあやかって偽造されたものと思われます。「このことがバレたら大変なことになるから内密にするように」といった久坂玄瑞によって書かれたというもっともらしい”密書”でした。書く人、紙を調達する人、表具する人ら何人かの合作で出来上がったものと思われます。もちろん、素晴らしい本物との出会いもあります。2014年6月の放送で鑑定した坂本龍馬の漢詩、高杉晋作の都々逸(どどいつ)が書かれた書は文句のない本物で、飛び切りの値段で鑑定させていただきました。
――愛知東邦大学での授業ではどんな科目を担当していますか。
人間学部の「人間健康特講Ⅱ、Ⅲ」という科目では、会津八一(あいずやいち)という早稲田大学教授でもあった歌人、書家だった人の手紙を学生たちに読み解かせています。字の崩し方、筆で書かれた字は学生たちだけでなくても難解です。そうした一字一句を黒板に書きながら教えています。1、2年生たちなので、悪戦苦闘していますが、将来、どんな職業につくにせよ、自分たちの足元とも言える日本の歴史や文化を知るというのは大切なことだと思います。しっかりと身に着けて社会に巣立っていってほしいと思います。
――愛知東邦大学に赴任して2か月。どんな印象ですか。
元気ではきはきしている学生が多くていいなと思っています。大学の学生たちへの対応も、大規模校と違って手厚く、目が行き届いていると思います。限られた人数の職員の皆さんが一人で何役もこなしていることも知りました。名東区民祭りとか、様々なイベントを通しての地域との結びつきも結構あるように思います。地域連携センター長の役職にもつかせていただいていますが、これまでに出来上がっている大学と地域をつなぐパイプを利用して、さらに連携を深めていければいいなと思っています。時間的な余裕があれば、私も専門分野を生かして、地域の古文書ファンに役立つような貢献ができればと考えています。