検 索

寄 付

語り継ぐ東邦学園史
歴史を紐解くトピックス

第88回

東邦高校で学んだ被災生徒

2012

更新⽇:2020年10月16日

震災を乗り越え公認会計士に

東京都内の会計事務所に勤務する小山さん(港区六本木付近で)

2011年3月11日に発生した東日本大震災では、岩手、宮城、福島県を中心に多くの小中学生や高校生たちが学びの場を失いました。文部科学省の方針に沿い、全国で就学機会確保のための支援の動きが活発化しました。東邦学園でも「被災地で塗炭の苦しみを味わい、進学の夢を断ち切られた中・高生が、その夢を実現できるよう支援したい」(理事会記録)との方針を決め、愛知東邦大学と東邦邦高校で特別入学枠の設置が決まりました。この特別枠で2012年4月、東邦高校商業科に入学したのが宮城県気仙沼市出身の小山(おやま)憲志郎さんでした。

小山さんは東邦高校2年生の時、商工会議所検定試験である日商簿記2級に合格。専修大学商学部に進学し、2年生で同1級に合格、4年生で難関の公認会計士試験(論文)に合格しました。公認会計士としての自立には2年以上の実務経験が必要で、2019年3月に大学を卒業した小山さんは東京都内の会計事務所に勤務しています。

巨大地震が発生した午後2時46分。小山さんが通う気仙沼中学校では、翌日の卒業式準備のため、2年生だった小山さんら在校生たちは会場設営の作業にあたっていました。「東北地方では地震はよくあるので、最初はいつもの揺れだと思いました。しかし、すぐに、これはただごとではない。レベルが違う。ヤバイと思いました」。

学校の指示で、校内にいた200人近くの1、2年生はいったん教室に戻った後、校庭に集合させられました。幸い、学校付近には津波は襲来せず、気仙沼中学校と隣接する気仙沼小学校は避難所となりました。親が迎えに来た生徒は一緒に自宅や親類宅などに帰っていきました。小山さんは家族と連絡の取れないまま気仙沼中学校で一夜を明かしました。

家族で避難所暮らし

打ち上げられた漁船「第18共徳丸」(気仙沼市の堀籠正生さん撮影)

小山さんの自宅は気仙沼中学校の通学区から離れた同市大峠山地区に引っ越したばかりでした。鹿折(ししおり)中学校の通学区でしたが、年度末でもあったため転校手続きを延ばし、気仙沼中学校に通う小山さんと気仙沼小学校に通う弟2人、妹1人を母親リナさんが車で送っていました。

鹿折中学校の記録によると、同校も、翌日の卒業式に備え1、2年生たちが式場の装飾作業や、部活動中に地震に遭遇しました。発生直後に停電、緊急放送が使えなくなり、職員が手分けして声かけしながら生徒たちを校庭に避難させました。午後3時、大津波警報発令。気温が急激に低下し雪が舞い始めていました。そして午後4時ころ、津波が発生し、周辺住民が続々と学校に避難してきました。強い揺れが続く中、午後5時、体育館に避難した人たちは500人を超えていました。

小山さん宅や鹿折中学校は、津波被害は免れましたが津波はすぐ近くまで押し寄せました。JR大船渡線の鹿折唐桑駅近くには、全長約60メートルの大型巻き網船「第18共徳丸」(330トン)が打ち上げられたほどでした。

大地震の発生時、リナさんはフカヒレ加工工場で働いていました。インドネシア出身のリナさんは、インドネシアからやってきた同僚たちの通訳役も務めていました。津波から逃れるため、リナさんは同僚たちと高台に逃げました。翌日、気仙沼中学、小学校の避難所に駆け付けたリナさんは子供たちと合流しました。しかし、自宅は半壊し、生活できる状態ではなかったため気仙沼小学校での避難所生活が始まりました。

気仙沼から東京へ

炊き出しを受ける小山さん(左)と弟たち(産経新聞社『闘う日本』より)

全国各地の自治体が被災者受け入れに乗り出す中、小山さん一家も3月21日、気仙沼市から東京に移りました。気仙沼市での避難生活最後の日となった3月20日には、市役所前で、ボランティアのパキスタン人たちが炊き出しを行いました。カレーをナンで食べる小山さんと弟たちが、産経新聞社発行の『闘う日本~東日本大震災1カ月の全記録』に収められていました。

「カメラマンの方から、写真撮ってもいいですかと聞かれました。翌日は東京に向かったので気仙沼最後の日となった感慨深い写真になりました」と小山さんは振り返ります。

東京での最初の避難先は「東京ビックサイト」(江東区有明)でした。原発事故での避難者も多く大混雑していました。小山さん一家はその後、「赤プリ」の愛称で親しまれ、閉館後、急きょ被災者を受け入れた「グランドプリンスホテル赤坂」で避難生活。6月からは千代田区九段の公務員宿舎に落ち着くことができました。小山さんは区立麹町中学校に転入学し、3年生として東京での中学生生活をスタートさせました。

そして高校受験。第1志望校は受かりませんでしたが、経済的にも大変だった小山さんに担任が紹介してくれたのが、東邦高校の特別入学枠でした。

授業料など学費はもちろん、受験時の交通費、制服、教科書代、諸会費、さらに3年間で180万円の生活費も含めると総額300万円近くを支援してくれる手厚い制度でした。経済的にも大変な時期だったこともあり、小山さんは東邦高校の支援制度に感謝しながら2012年4月、名古屋での高校生活をスタートさせました。

 

野球部員たちに囲まれて

体育祭での小山さん(右)と硬式野球部の仲間たち

小山さんは商業科に入学しました。3年間担任だった山本俊秋教諭によると、商業科は3クラスあり、男女ほぼ半数ですが、男子生徒の半分は野球部やサッカー部員でした。小山さんは一時バスケット部に入りましたが、退部し、もっぱら名東区内の下宿に閉じこもっての生活が多かったそうです。

「学校にいる時の友だちは野球部員ばっかり。授業が終われば、彼らは練習や試合が待っており、一人で下宿に帰るしかなかった。部屋に閉じこもって、漫画を読んだり、ゲームをしたり、本を読んで過ごすしました」と小山さんは苦笑まじりに振り返ります。

3年生だった2014年夏、東邦高校は甲子園大会に出場しました。仲の良かった同級生の森下良一選手たちや1年生の藤嶋健人投手も出場したこの大会で東邦は2回戦まで戦いました。「同級生たちから一緒に甲子園に応援に行こうと誘われましたが、僕はテレビの前で応援しました」と小山さんは懐かしそうでした。

山本教諭によると、小山さんは商業科では必須の簿記や会計科目と出会ったことで、将来、公認会計士になる夢を膨らませていったようです。「2年生の時には大学推薦入試にも有利な日商簿記2級資格も取り、 3年生の時には普通科生徒対象の補習にも積極的に参加していました。商業科でそこまで頑張る子はあまりいませんでした」と山本教諭は言います。

生徒会誌「東邦」57号(2015年2月28日発行)に掲載された3年A組の卒業記念の寄せ書きで、小山さんは、「楽しかった3年間。大学へ向けて頑張るぞ」という決意を書き込んでいました。

小山さんは公認会計士試験対策に力を入れている専修大学商学部会計学科に入学。2年生からは、1年生時代の成績優秀者に大学が学費を負担してくれる制度で大原簿記学校にも通い、公認会計士試験対策に本腰を入れました。そして4年生だった2018年8月に行われた試験で合格を果たしました。

困っている人たちのために役立ちたい

商業科3年A組卒業アルバムの小山さん(前列左から2人目)

小山さんは、公認会計士を目指した理由について、「人に役立つ仕事だと思ったし、困っている人たちのために専門知識を役立てたいと思いました」と言います。そして、「東日本大震災という未曽有な体験をしたわが家の経済も大変でした。家族のために母親がどれだけ苦労してお金を工面してくれたかも知っています。母親を少しでも楽にさせてあげたいという思いもありました」とも語りました。

小山さんは東邦高校時代、東日本大震災の体験について、聞かれれば隠しませんでしたが、自ら被災者であると語ることはありませんでした。ただ、気仙沼を離れてからも何度も、リナさんらと気仙沼を訪れては、復興の様子を見守り続けています。昨年(2019年)10月にも、リナさんと一緒に、東京の池袋駅西口を午後11時に出発して翌朝午前6時すぎに着く夜行バスで気仙沼を訪れました。

「新しい建物が目につくようにはなってきてはいるが、かつてのような活気はまだまだ戻っていません」。小山さんは復興の歩みのもどかしさを感じているようでした。

小山さんとは今でもLINEで連絡を取り合っている山本教諭は「東邦高校卒業生での公認会計士誕生は、最近では聞いたことがありません。本人は自分からは言いませんが、私から見ればものすごく頑張った子です。学園としても支援のしがいがありました」と、小山さんの公認会計士試験合格が誇らしそうでした。

小山さんに、東邦高校の後輩たちに伝えたいメッセージを語ってもらいました。

「社会人になって思うことは、高校生活を自分の好きなように生きてほしいということです。高校時代は非常に短くあっという間に終わってしまいます。ただ、その中でも、少しは毛色の違うことに挑戦してほしいですね。例えば、全体の95%は好きなことで楽しんでも残りの5%は勉強するとか自己研鑽に励んでほしいです。一つのことに集中投資するより、分散することで将来の選択肢が増え、リスクが低減しますから、それらが将来の一助になると思います。高校生であれば語学あたりがおすすめです」

電話でのインタビューに小山さんの声が弾んでいました。

法人広報企画課・中村康生

  この連載をお読みになってのご感想、情報の提供をお待ちしております。

法人広報企画課までお寄せください。

 

 

一覧に戻る

学校法人 東邦学園

〒465-8515
愛知県名古屋市名東区平和が丘三丁目11番地
TEL:052-782-1241(代表)