2016年を迎えた東京の皇居大手門そばに「大手門タワー・JXビル」という新名所がオープンしました。ビルの広場には、行き交うビジネスマンや憩いを求める人たちに、かつて東京が「水の都」であったことを思い起こさせるガラスアートが置かれています。制作者は教育学部の新實広記助教です。2016年最初の「TOHOインタビュー」は新實先生です。
――「大手門タワー・JXビル」広場に新實先生が制作したガラスアートが設置されたことが昨年11月にWeb上で紹介されていました。
ガラスアートは皇居大手門前の「ホトリア」と名づけられた緑地広場に設置されています。作品のタイトルは「Vessel」(舟、器の意味)。構想から2年をかけて完成させた作品です。「大手門タワー・JXビル」では、地下に皇居お堀の水を浄化する施設を導入するなど、環境との調和を大切にした、環境オフィスビルの新たなプロジェクトが進んでいます。作品のガラス舟は水のように透明度の高い光学ガラス約600kgの塊からできており、2艘を制作しました。かつて東京が大手門を起点に、お堀を水路として舟が行き交う水の都であったことや、隣接する皇居外苑の広大な森、歴史、新たに生まれる都市との対話をコンセプトにガラスの舟と周辺の環境が共鳴するように表現しました。今回、大手門という由緒ある場に作品が設置でき、これまでにない大きさのガラス彫刻に挑戦できたことを大変嬉しく思います。今回、制作に関わっていただいたすべての人に心から感謝しています。
――小さいころから美術は得意だったのですか。
小学校低学年までは絵を描いたり、作ったりすることが好きでした。コンクールでも賞をいただくこともあったので得意だと思っていました。ところが小学校中学年あたりから図工の成績も悪くなり、周りの子のように可愛い絵が描けなくて、絵を描くことが恥ずかしいと思うようになってきました。高学年の頃には授業を受けるのもいやになっていました。ただ、こういう絵を描けば先生は喜ぶだろうということは分ってきて、写生大会の時には、咲いてもいない花を木にいっぱいに描いたら選ばれて掲示されたこともありました。この時期は美術というものの楽しさよりも、周りの評価ばかりが気になり、中学時代には美術には興味がなくなっていました。
――高校時代はどうでしたか。
理系にいたのでとりあえず建築家にでもなろうと思っていましたが、高校2年の時、建築畑の父親に建築デザインという分野があることを教えてもらい、子どもの頃に絵を描いたり作ったりすることが好きなことを思い出しました。美術に対しては苦手意識が強かったのですが、試験にはデッサンや立体構成の試験もあったので、勇気を出して地元の美術研究所に通ってみました。そこでは彫刻家の先生と日本画の先生からひたすらデッサンを習いました。傍らで彫刻家の先生は人物の等身大の立像を粘土で制作し、真っ白な石膏で型取りをして人体彫刻の制作をしていました。日本画の先生は、お湯で膠(にかわ)を溶いて岩絵の具と混ぜ大きな刷毛で自分の体よりも大きなキャンバスに絵を描いていました。今までに見たことのないリアルな美術の現場でした。絵を上手に描くことができるかは、美術の世界ではすごく小さいことで、様々な素材や道具、表現方法があることを知りました。美術の世界は実はすごく多様で、もっと知りたいと思うようになりました。
――進学された愛知教育大学教育学部の総合科学課程は総合造形コースですね。どうしてそこでガラスコースを専攻したのですか。
建築デザインへの進路は思うように決まらず、建築とはあまり関係のない総合造形コースに進学しました。美術作家として生きていた美術研究所の先生の影響もありました。大学では3年生から陶芸、ガラス、金工、漆、織、美術史の5つのコースから自分の専攻を一つ決めるのですが、最初は馴染みのある陶芸を選びました。しかし、ガラスコースの米国人教授のアトリエ作りの手伝いに呼ばれたことがきっかけで、ガラスの世界に飛び込みました。ガラスを溶かす溶解炉、電気炉など自分でアトリエを作ってしまう米国人教授のバイタリティーは新鮮な驚きでした。アトリエに集まる人たちとの交流で知った創作活動のスタイルも魅力的でした。
――大学院を出られた年にアメリカのニュージーでの創作活動をされていますね。
「CGCA(Creative Glass Center of America)fellowship」という招待作家制度に選んでもらえました。ニュージャージーで3か月間、ひたすら作品を作らせてくれ、世界の若手作家を発掘するためのシステムです。応募倍率は高かったと思いますが運もよかったと思います。英語は得意ではありませんでしたが、美術に言葉の壁はないと思ったので、「あなたは英語が話せますか?」に「yes」と書いて応募しました。親切な人ばかりで、作品作りのサポートやコレクターのホームパーティにも連れていっていただきました。アメリカでは企業やコレクターが芸術家を支援する制度が日本に比べてはるかに充実しており、アートに対する価値観の違いも目の当たりにしました。
――学生たちへのエールをお願いします。
学生たちに授業の最初に贈っている言葉があります。「芸術は爆発だ」と語った岡本太郎さんの「とりあえず何でもいいからやってみる。ただそれだけなんだよ」という言葉です。子どもの造形遊びを見ていると、とりあえず何でもやってみるんですよね。水たまりがあれば、どんなきれいな靴を履いていようと、足を突っ込んでいきます。実はそういう姿勢というのは、学びにはとても大切なことだと思うんです。動き始めてみることで見えてくるものがある。自分は本当に保育者とか小学校教諭に向いているだろうかとか不安に思い考えこんでいる学生には、「まず、サービス・ラーニングに行って現場を見てきなよ。向いているか向いていないかはそれから判断すればいいのだから」と。