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TOHO
INTERVIEW

2021.08.30

第72回 ファミリーホーム通じ「家族とは何か」考える 学生達の道標になれれば

教育学部子ども発達学科

伊藤龍仁教授

学部長補佐

伊藤 龍仁(いとう・たつひと)

日本福祉大学卒業、日本福祉大学大学院修士課程修了。学童保育指導員、児童養護施設児童指導員、中部学院大学短期大学部教員を経て2014年愛知東邦大学人間学部子ども発達学科准教授。2018年から現職

 子どもへの虐待のニュースが連日のように伝えられています。心を痛めている方も多いでしょう。教育学部の伊藤龍仁教授は、虐待をはじめ、様々な事情で実親に代わって社会が子どもを養育する社会的養護研究、とくに「ファミリーホーム」研究に力を入れています。児童養護を志したきっかけ、実践を通して見えてきたものなどを伺いました。

――「ファミリーホーム」とはどんなところですか。

 要保護児童を福祉事業として家庭に迎え入れて養育する、新しい社会的養護の場所です。これまで主流だった施設での養護を、家庭環境のなかでの養護へ転換しようと2009年から始まりました。児童養護施設よりも家族的な雰囲気で、養育スキル豊かなベテランが、里親よりも多くの子ども(最大6人)を養育できるのが特長です。今では全国で300余りを数えます。

――実際にご自宅でファミリーホームを運営されていると聞きました。

 高校生から幼稚園児まで女の子5人を預かっています。妻が専業養育者で私はこの大学に勤めながらの兼業養育者という位置づけです。他に補助者としてアルバイトが数人、本学教育学部の学生も実習を兼ねて手伝ってくれているんですよ。

――始めようとしたきっかけは。

 妻も私も児童養護施設に勤務していて、「いつか独立して福祉に関する仕事を始めたい」と話していたので、2009年にファミリーホーム制度ができた時は、まるで自分たちのために作られた制度じゃないかと思いました。「やりなさい」と、天の声に押されているようで。準備期間を経て、2013年に念願のファミリーホームを立ち上げられました。

――学生時代から福祉に関心があったのですか。

 一般会社への就職に興味がなく、社会福祉が「人の幸福を追求する学問」だというところに惹かれて日本福祉大学に入学しました。施設問題研究会というサークルに入り、夏休みには施設に泊まり込んで子どもたちと泳いだり魚採りをしたりして真っ黒になるまで遊びました。当時の施設では職員も住み込みで施設全体がひとつの大家族のようでした。そこには今の施設にはない「感情の交流」があった。そして、施設であるか家族であるかというカタチや、サイズの違いはそれほど重要じゃないんじゃないか、というひとつの仮設にたどり着いたわけです。こうした子どもたちの養育には「深い感情の交流」が欠かせないのでは、とも感じ、「自分もそんな実践に取り組んでみたい」と、児童養護の世界へ飛び込みました。

――ファミリーホーム運営はどのように研究に反映していますか。

 先ほど言った問題意識をもって児童福祉の現場に入り、最初は施設を研究対象にしていました。その後、施設職員から大学教員に転じてファミリーホームを始めたわけですが、想定外の体験も多く、新たな課題が次々と見つかりました。そして、ファミリーホームの運営を通じて徐々に「家族」へと関心がシフトし始めました。血の繋がっていない親子が同居して暮らしていく上で「家族とは何か」という問いに向き合わざるを得なくなったわけです。「家族であること」の意味、「人間にとっての子育」の意味の理論化がテーマになってきています。

――ファミリーホームを運営してよかったと思うことは。

 実際にやってみなければ解らないことがこれほどあるのか、と気づけたことです。初めてわが家に預かった子どもを親元に返したとき、23日涙が止まりませんでした。今でも夢に出てくるほどです。これは理屈ではなく、施設や児童相談所の職員には理解できないでしょう。私自身、かつての施設職員だった時の気持ちとはぜんぜん違うのです。

 血が繋がっていなくても、12年一緒に暮らしていれば家族になってしまいます。だから、育てた子どもがいなくなった時の喪失感がものすごい。「引きはがされる思い」を体験します。私たちは、養育のプロとして子どもの「自立」や「家庭復帰」を目指しながら、一方で、大きな感情的葛藤を抱えるわけです。これは、ファミリーホームが社会的養護として子どもの家庭養育を担う宿命といえるものなのかもしれません。

――先生にとってファミリーホームは「家族」なんですね。

 私にとっては当たり前の自然な「家族」です。帰宅するとホッとします。もちろん女の子が5人もいれば、大変なこともいろいろあります。時にはケンカもします。疲れて食事も作りたくない時や、だらしない恰好で寝そべっていることもあります。でも「~でなければならない」といった社会的な立場や制限から多少なりとも解放してくれるのが家族ではないでしょうか。このような社会でも、我々は家族があるから正気を保って人間らしく生きていられるのかもしれません。そういった意味で、妻と娘たちがいるファミリーホームは私にとって「家族」そのものです。

――子どもたちにとってはどうでしょう。

 家族が「家族」になるプロセスには「感情的交流」がポイントだといわれます。ファミリーホームでは当たり前のように深い感情の交流が満ちあふれていますから、血縁関係の有無にかかわらず、「家族」化しても不思議ではありません。だから、長年一緒に暮らして成長した子どもたちにとっても、私たちと同様に「家族」としての実感があるのではないでしょうか。特に、物心ついてからの記憶が同居する養育者と共有されているということは、その家族が子どもの「定位家族」(子どもが出生時から所属する家族。成人後に結婚してつくる「生殖家族」と分類する。)になると考えられます。

――実践から得るものは大きいですね。授業のなかでも実践の機会を多く設けられています。

 大学ではまず理論を学びますが、それを確かめるためにも実践を重視しています。実践を経ないと理論が本物になりません。実践をしていくことで、実際に役立つ理論と、そうでない理論を区別できるので、実習やサービス・ラーニング等で確認することが大切なのです。本学の教育学部がサービス・ラーニングを含む実習教育を重視しているのは的を得ている、と思います。

――学生たちに児童福祉・社会的養護研究を通じて伝えたいものは。

 学生の多くは保育や福祉の資格を取って、保育所や施設、幼稚園などに就職しますが、それだけではないよ、と身をもって伝えています。ファミリーホーム(小規模住居型児童養育事業)は一つの例ですが、この他にも起業が可能な福祉制度がどんどん生まれています。保育や障害のある子どものための種々の児童福祉事業、介護や障害者福祉に関する事業など、新しくつくられた第2種社会福祉事業の多くは不足している分野も多く、可能性に満ちています。

 大学で資格を取って就職し、現場で一定期間の経験を積んだら、今度は独立して自分の夢や理想を形にするのは、とてもやりがいがあります。「現にそれを実践している人間がここにいるでしょ、私の生きざまをみてくれ」、と学生たちには話しています。夢や理想の実現に向けた学生達の道標(みちしるべ)になれれば、こんなに嬉しいことはありません。

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