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TOHO
INTERVIEW

2022.12.05

第87回 「睡眠」研究でこころの健康を目指す

人間健康学部人間健康学科

吉村 道孝准教授

吉村 道孝(よしむら・みちたか)
福井県若狭町出身。慶應義塾大学大学院医学研究科修了。博士(医学)。臨床心理士、公認心理師としてスクールカウンセラーや病院勤務をしながら創薬や医療機器開発の臨床研究に携わる。国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所研究員として、ヒトの睡眠実験や睡眠障害の研究をおこなう。2020年から現職。

ちまたでは安眠寝具、ぐっすりサプリ、快眠グッズがあふれ、現代人にとって「睡眠」は大きな関心事になっています。人間健康学部の吉村准教授は臨床心理学の研究を通して長年「睡眠」に関心を向けてきました。臨床心理学を志したきっかけ、睡眠に着目した理由を聞き、ぐっすり眠るにはどうすればいいか教えてもらいました。

――心理学研究を志したきっかけは。
 私が中高生のとき、同世代の若者による殺人やバスジャックなどの社会を騒がせた少年事件が発生し、世間では「キレる17才」とか「心の闇世代」と言われました。例えば、嫌なことがあって「ムカつく」と思うことは誰でもあると思います。しかし、その感情から殺人など実際に行動をおこす人と、行動をおこさない人とは何が違うのか理解ができませんでした。その答えを臨床心理学の領域で、異常な行動を起こす原因を探る異常心理学に見出したのがきっかけです。

――早くから「睡眠」に注目されてきました。
 臨床心理士として精神科の病院で働いていた時、うつ病や統合失調症などの精神疾患を持っている方は、不眠や睡眠障害を抱えている頻度がかなり多いと気づきました。このような方の多くは睡眠の改善で、症状が軽くなったり、再発予防・生活の質の向上などに繋がったりします。私はそこに大きな可能性を感じ、睡眠に注目しました。
 また、病院などで精神症状の評価をおこなう際、多くの場合は言葉のやりとりで評価しますが、精神状態の評価というのは、知識と経験が問われ、専門家でも評価が異なってしまうことがあります。私は「精神状態の可視化(数値化)」をもう一つの研究テーマとしています。センサーで検出した人の表情や音声、活動量といったビッグデータから、症状や重症度を統計やAIを用いて数理的に推測します。心理状態に関連する多くのバイオマーカー(生理指標)のなかでも「睡眠」というのは比較的評価が確立しており、客観的に計測が可能です。そのような理由からも「睡眠」を切り口とした精神症状の改善や予防を目指しています。

――睡眠の良し悪しが精神状態にも影響を与えるんですね。良い睡眠と悪い睡眠の違いは。
 8時間眠れば良い睡眠でしょうか?現在の睡眠科学では、睡眠時間は個人差が大きく、何時間寝たのかはあまり重視されません。良い睡眠の指標は、睡眠の量ではなく、「日中のパフォーマンス」の良し悪しです。日中に強い眠気を感じたり、頭がボーっとするときは、夜の睡眠が十分に取れていないということになります。反対に、6時間睡眠でも日中に眠気がなく、高いパフォーマンスを習慣的に維持できれば、その人は6時間睡眠でも十分ということになります。また、睡眠は生活習慣病や、がん、認知症などとも関連します。将来的な疾病リスクを減少させるためにも、自分に合った睡眠習慣を心がけることが大切です。

――良い「睡眠」は人によって異なるということ?
 例えば学校やお仕事がない休日など、目覚まし時計を使用しないとき、みなさんは何時に自然起床しますか?自然起床する時間が、その人の体が必要とする睡眠時間と言えます。もし学校や仕事のある朝は7時に起きているのに、休日は朝9時まで寝るという人は、その人の平日の睡眠時間は足りていないことになります(睡眠負債といいます)。
 また、睡眠は体温や体内時計と密接な関わりがあります。発達段階や体質、活動量(例えば疲労の蓄積の大きいスポーツ選手)などによっても必要とされる睡眠時間やタイミングは異なってきます。特に、寝る時間や起きる時間が日によって違う方や、お酒がないと眠れない方、寝る前にスマホを見てしまう方などは、後々不眠症に発展してしまう可能性が高くなりますので、改めた方がよいでしょう。

――大学生はどうしても宵っ張りになりがちです。
 特に20代前後の学生の場合、科学的に原因は解明されていませんが、発達的に寝る時間も起きる時間も遅くなる傾向になります。
彼らは寝ないのではなく、眠りにくいという理解が大切です。しかし眠れないからといって夜間アルバイトやゲームやネットで夜更かしをして社会生活とズレた生活をしていると、近い将来、起きようと思っても起きられなかったり、起きても登校する意欲が沸かなかったり、就職後にうまく適用できないなどの大きな弊害を招く可能性が高くなります。睡眠習慣は一朝一夕では修正できませんので、規則正しい生活を大切にしてください。
書店に行けばたくさんの睡眠の本がありますが、著名人の睡眠習慣をまねするのではなく、「自分の体質や体調にとって最適な睡眠習慣を確立する」ことが、健康やパフォーマンスにとても大切になります。

――新型コロナ感染症に関する研究も進めていらっしゃいますね。
 特にワクチン接種に関して、ワクチン接種を「希望する人」と「希望しない人」にはどのような違いがあるのかということの全国調査をおこないました。その結果、ワクチン接種という行動の背景には、自身の健康観や普段の情報収集方法(新聞、テレビ、SNS)などの違いが影響していることが明らかになりました。この研究結果は現在、国際学会誌に投稿準備中です。
同時に、イギリスのブリストル大学の研究者を中心とした国際プロジェクトに加わり、「COVID-19ワクチンコミュニケーションハンドブック」の日本語版を作成しました。これは新型コロナワクチン接種に関わる行政や医療者を対象に、どのように市民とコミュニケーションを取ればいいのかについて示したものです。このハンドブックは多くの関係者にダウンロードしていただき、問い合わせもいただきました。

――学生たちに伝えていきたいこと、学生たちに望むことは。
 心理学系の講義では、初めて聞く専門用語も多く、理論や統計など学問としての難解さを感じることは多いと思います。しかし対人援助の基本は、誰に対しても尊敬の気持ちを持って接することだと考えています。特に、社会的に弱い立場の人に対して優しい気持ちを持って接することが、我々の社会と、未来を明るくすると信じています。私も偉そうに言えませんが、街で困っている人を見つけたら、最初に手を差し伸べられる人になってほしいと思います。
 
――人助けの気持ちが研究の基本なんですね。最後に、休日はどう過ごしていますか。趣味は。
 休日は家族で近所を散歩することが多いです。趣味は友人などとおいしいご飯を食べに行ったり、音楽ライブに行ったりすることですが、コロナであまりできていません。最近は家でゲームをしたりサブスク映画を見たりしていることが多いです。もちろん、夢中になりすぎて「睡眠不足」にならないよう注意しています。

「睡眠研究の様子(本人)

日本心理学会に学生と参加

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