今年は灼熱の夏が果てしなく続き、ようやく訪れた彩りの秋は、足早に過ぎ去ろうとしています。今年も先輩方の痛ましい犠牲を悼み、平和を守り続けることを誓う「東邦学園慰霊の日」を迎えました。皆様の同級「辰巳会」の98歳、岡島貞一様をはじめ、卒業生、後輩の生徒、学園教職員が集っております。
私たちの目の前にある「平和の碑」にお名前が刻まれた18名の生徒と2名の先生。皆様は昭和19(1944)年12月13日の午後、戦局が圧倒的な劣勢に傾きながらも、なお戦いを強いた国の学徒勤労令によって動員された三菱重工業名古屋発動機製作所大幸工場において、命を奪われました。三菱の工場は当時、航空機エンジンの4割を生産しており、90機に及ぶ米軍B29から集中爆撃を浴びせられたのでした。
空襲警報のサイレンが響いて退避された場所は、防空壕とは名ばかりで、粗末な覆いしかなく、猛烈な爆弾の威力にはひとたまりもなかったと、当時の同級生は語っておられます。将来への夢や希望を一瞬にして打ち砕かれ、どんなに無念な思いであったことか、81年を過ぎてもなお、悔しさが偲ばれます。この大空襲は、その後60回を超えた名古屋空襲が容赦なく始まる皮切りでもありました。
今年は日本が終戦を迎えてから80年、戦後生まれの比率が9割に達して、あの惨禍について身をもって体験的に語れる方は、10人に1人に減ってしまいました。天上の皆さまは、戦禍のもたらした教訓を、後世がどう引き継いでくれるのか、祈るような気持ちでおられたことでしょう。
そこで、今年8月6日の「広島原爆忌」において、小学6年生が語った「平和への誓い」をお伝えします。代表となった関口千恵璃(ちえり)さんと、佐々木駿(しゅん)さんの二人は、次のように述べました。
「同じ過ちを繰り返さないために、多くの人が事実を知る必要があります。どんなに時が流れても、あの悲劇を風化させず、次の世代へ語り継いでいく使命が、私たちにはあります。世界では、今もどこかで戦争が起きています。大切な人を失い、生きることに絶望している人々がたくさんいます。その事実を自分のこととして考え、平和について関心をもつこと。多様性を認め、相手のことを理解しようとすることです」と訴えたうえで、「One voice、たとえ一つの声でも、学んだ事実に思いを込めて伝えれば、変化をもたらすことができるはずです。大人だけでなく、こどもである私たちも平和のために行動することができます」と呼びかけました。戦時世代からは3世代、4世代を隔てた子どもたちからの胸に響く決意を、どうお聞きになったでしょうか。
こうしたメッセージを発せざるをえないのは、犠牲者が5千万人から8千万人にものぼった第二次世界大戦の反省から深く誓い合ったはずの国際法規や決意を、大国が今自ら踏みにじり、戦争を一個の人間の痛みではなく、政治的野望やビジネスの損得から判断する指導者がいるからです。
領土拡大の野心を隠さないロシアのプーチン大統領によるウクライナ侵攻は、3年10カ月に及んでいます。犠牲者は、米国のシンクタンクの推計によれば、ロシア軍兵士が最大25万人死亡し、負傷者も含む被害は95万人以上。旧ソ連時代を含めて第2次大戦後としては最多だそうです。ウクライナ側の死者は最大10万人。負傷者を含む被害は40万人に達しています。
なおかつ米国とロシアの大統領が停戦条件として、軍事侵攻して制圧したウクライナの領土を、国際法違反の侵略行為を働いたロシアに渡せと、理不尽に迫っていることです。またトランプ大統領は、ウクライナの鉱物資源の権益を米国によこすことも求めています。さらに、イスラエルがパレスチナ・ガザ地区を悉く破壊し尽した後には、リゾート地に変えるビジネスプランまでちらつかせて、世界を呆れさせています。
ドイツでは先週5日、連邦議会が、新たな兵役制度を導入する法案を可決しました。兵役を先ずは希望者のみとするが、十分な新兵が確保できない場合には議会の承認を経て兵役義務を復活する可能性も明記しました。ウクライナ侵攻を機に安全保障環境が悪化したことを受けた措置です。
日本の周辺でも、俄かに緊張が高まっています。就任したばかりの高市早苗首相が11月7日の国会質疑で答えた台湾有事発言が、日中関係に政治的緊張を生み、中国空軍機が先週6日、自衛隊機との軍事衝突を起こしかねないレーダー照射を行ったことです。
私たちの命は一国の指導者の身勝手な振舞いに、決して翻弄されたくありません。そのためには、指導者の判断を左右する世論は、あくまで冷静でなければなりません。「毅然とした態度をとれ」「我慢は限度を超えた」と言って焚き付ければ、緊迫した事態はさらにエスカレートしかねません。改めて広島の小学生が呼び掛けてくれたメッセージの大切さ「次の世代へ語り継ぐ使命、世界で今も起きている戦争を自分のこととして考え、平和について関心をもつこと」です。
これを深くかみ締めることをお誓いして、追悼の言葉と致します。
2025年12月9日 東邦学園理事長 榊直樹