マラソン王日比野寛から引き継がれた姉妹校「金城商業」

2018年9月26日

 東邦高校が新制高校として第1回卒業生を送り出した1949年3月、赤萩校舎正門に掲げられていた「金城商業学校」の看板が下ろされました。金城商業の前身は、荒れていた愛知一中(現在の旭丘高校)に校長として乗り込み、「病める者は医者へ行け。弱き者は歩け。健康なる者は走れ。強壮な者は競争せよ」と生徒たちに〝一中魂〟を浸透させた日比野寛によって設立された育英学校にさかのぼります。
 マラソン王とも呼ばれた日比野は衆院議員も務めましたが、学校経営は苦境に陥りました。東邦商業の姉妹校「金城商業学校」として引き継ぎ、再建に取り組んだ下出義雄、校長を務めた隅山馨らは日比野門下生たちでした。
 「語り継ぐ東邦学園史」の第41回「金城商業最後の卒業アルバム」をご覧ください。