勤労動員の悲劇から74年 「慰霊の日」で追悼式

2018年12月4日

 太平洋戦争末期の1944年12月13日、名古屋市東区の三菱重工業名古屋発動機製作所大幸工場で勤労動員中に空襲の犠牲になった旧制東邦商業学校の20人(生徒18人と教員2人)らの追悼式が今年も12月4日、東邦高校内の「平和の碑」前で行われました。
 式典には東邦高校、愛知東邦大学の生徒や教職員、犠牲となった生徒たちの同期生ら約300人が参列。榊直樹理事長は追悼の言葉で、尊い命が奪われた悲劇から74年の歳月が流れた世界の情勢を報告するとともに、「先輩たちの命をかけた教訓を受け継ごうと、東邦高校の生徒会メンバーたちによって、〝名古屋空襲慰霊の日〟の制定を求める請願が名古屋市議会に提出されました。孫やひ孫のような後輩の志をほめてあげてください」と述べました。
 

 生徒を代表して誓いの言葉を述べた道端明日美さん(2年生)は、「東邦高校はユネスコスクールに加盟していますが、ユネスコ憲章には「戦争は人の心の中で生まれるものであるから、人の心の中に〝平和の砦〟を築かなければならないと書かれています。〝平和の砦〟は私たち一人ひとりが歴史を学び、考え,行動していくことで築かれていくと思います」と、名古屋空襲慰霊の日制定へ向けた決意を語りました。
 この後、参列者たちは全員で黙祷。東邦商業19回生たちの「東邦辰巳会」会員から順に「平和の碑」前での献花を行い、一般生徒たちとともに硬式野球部やサッカー部員など運動部員たちも献花し手を合わせました。
 

 同期生たちも高齢化が進み、今年の参列会員は91歳の岡島貞一さん、90歳の伊藤幹雄さん、奥野光昭さんの3人だけでした。追悼の碑に20人のほかに、別の空襲で亡くなった生徒2人の名前も刻まれています。その一人で、当時2年生で空襲の犠牲となった田島三郎さんの同級生である21回生の鰐淵幸彦さん(88)も19回生の3人とともに手を合わせ、14歳で戦火に散った友を悼んでいました。