名古屋屋市の人口は1969年に200万人を突破し、1975(昭和50)年2月1日、東邦高校、東邦短大がある千種区猪高町は名東区となりました。誕生したばかりの名東区民を歓喜させたのは東邦高校のバンビ坂本を擁した夏の甲子園準優勝でした。
「語り継ぐ東邦学園史」の第66回「名東区誕生と甲子園準優勝の夏」をご覧ください。
2019.11.22
名古屋屋市の人口は1969年に200万人を突破し、1975(昭和50)年2月1日、東邦高校、東邦短大がある千種区猪高町は名東区となりました。誕生したばかりの名東区民を歓喜させたのは東邦高校のバンビ坂本を擁した夏の甲子園準優勝でした。
「語り継ぐ東邦学園史」の第66回「名東区誕生と甲子園準優勝の夏」をご覧ください。